白、黒、茶色(オレンジ)の美しい三色を持つ三毛猫は、日本では非常に身近な存在です。しかし、三毛猫のほとんどがメスであり、オスは極めて珍しいということをご存知でしょうか。その確率は約3万分の1とも言われ、まさに奇跡的な存在なのです26。この現象の背景には、遺伝学の興味深いメカニズムが隠されています。
性染色体と毛色の関係
三毛猫のオスが珍しい理由を理解するには、まず性染色体について知る必要があります。猫も人間と同様に、性別は染色体によって決まります。オスは「XY」、メスは「XX」という組み合わせを持っています26。
三毛猫の毛色を決定する重要な要素は、オレンジ遺伝子と呼ばれる遺伝子です。この遺伝子は「O遺伝子」と「o遺伝子」の2つの型があり、O遺伝子はオレンジ色の毛を、o遺伝子は黒色の毛を発現させます26。そして、これらの遺伝子はX染色体上にのみ存在するという特徴があります12。
メス猫は2本のX染色体を持つため、「OO」「Oo」「oo」という3つの組み合わせが可能です。一方、オス猫は1本のX染色体しか持たないため、「O」か「o」のどちらか一方しか持つことができません26。つまり、通常のオス猫では、オレンジか黒のどちらか一色しか発現できないのです。
X染色体不活性化のメカニズム
メス猫が三毛模様を持てる理由は、X染色体不活性化という現象にあります。メス猫は2本のX染色体を持っていますが、胎児の発生過程で、各細胞において2本のうち1本がランダムに不活性化されます28。
この不活性化は胎児の発生初期に起こり、一度決まった状態はその細胞が分裂して増えても維持されます28。そのため、ある細胞群では母親由来のX染色体が働いてオレンジ色の毛を作り、別の細胞群では父親由来のX染色体が働いて黒色の毛を作ることになります。白色の毛は別の遺伝子(S遺伝子)によって決まるため、結果として白、黒、オレンジの三色を持つ三毛猫が誕生するのです2。
最新の科学的発見
2025年、120年間の謎についに終止符が打たれました。九州大学などの研究グループが、三毛猫の毛色を決める具体的な遺伝子を特定したのです14。その遺伝子は「ARHGAP36遺伝子」と呼ばれ、X染色体上に存在しています45。
研究では、オレンジ色の毛を持つ猫のX染色体上のARHGAP36遺伝子領域に、約5,000塩基の欠失があることが明らかになりました45。この欠失により、ARHGAP36の発現が上昇し、その結果としてメラニン合成遺伝子群が抑えられ、黒色色素(ユーメラニン)の代わりにオレンジ色色素(フェオメラニン)が優先的に作られるようになります5。

オスの三毛猫が存在する理由
それでは、なぜ極めて稀ではあるものの、オスの三毛猫が存在するのでしょうか。その答えは染色体異常にあります27。
オスの三毛猫のほとんどは、「XXY」という特殊な染色体構成を持っています27。これは人間でいうクラインフェルター症候群に相当する状態で、通常の「XY」ではなく、X染色体が1本多い状態です27。Y染色体を持っているため外見はオスですが、X染色体を2本持っているため、メス猫と同様にオレンジと黒の両方の遺伝子を持つことが可能になります2。
しかし、このような染色体異常を持つオス猫は、ほとんどの場合生殖能力を持ちません27。稀に生殖能力を持つオスの三毛猫も存在しますが、その子供にオスの三毛猫が生まれる確率は変わらず、依然として極めて低いままです7。
文化的・経済的価値
日本では古来より、珍しいものは縁起が良いとされる文化があります。そのため、オスの三毛猫は商売繁盛の象徴や大漁祈願の対象として大切にされてきました9。現在でも漁師の間では、オスの三毛猫を飼うと大漁に恵まれるという信仰が残っている地域もあります9。
その希少性から、オスの三毛猫は高値で取引されることもあり、時には家を買えるほどの高額になることもあるといわれています13。しかし、遺伝子異常による特殊な状態であるため、無理な繁殖を行うべきではありません9。
三毛猫の毛色形成の全体像
三毛猫の美しい模様は、複数の遺伝的メカニズムが組み合わさって形成されます。まず、KIT遺伝子が白い部分の形成に関与し、メラノサイト(色素細胞)の分布を決定します10。次に、X染色体上のARHGAP36遺伝子の状態によって、オレンジ色か黒色かが決まります10。そして、X染色体不活性化により、細胞ごとに異なる色素が発現し、特徴的なモザイク模様が生まれるのです10。
科学的意義と今後の展望
今回のARHGAP36遺伝子の発見は、単に三毛猫の謎を解明しただけでなく、より広範な生物学的意義を持っています。X染色体不活性化のメカニズムや、遺伝子発現制御の理解に新たな知見をもたらしました14。
また、この研究は60年前に提唱されたX染色体不活性化の仮説が実際に働いていることを、世界で初めて証明したという点でも重要です4。非コード領域(イントロン)の欠失が遺伝子発現に与える影響についても、新たな理解を深めることができました14。
まとめ

三毛猫のオスが珍しい理由は、毛色を決める遺伝子がX染色体上にあり、通常のオス猫(XY)では一色しか発現できないためです。極めて稀に存在するオスの三毛猫は、染色体異常(XXY)によって生まれる特別な存在なのです。
最新の研究により、ARHGAP36遺伝子という具体的な遺伝子が特定され、120年間の謎がついに解明されました。この発見は、私たちが日常的に目にする三毛猫の美しい模様の背後に、精巧な遺伝学的メカニズムが働いていることを教えてくれます。
道で三毛猫を見かけたとき、その一つ一つの毛色に隠された遺伝子の働きを思い浮かべてみてはいかがでしょうか。そして、もしオスの三毛猫に出会う機会があれば、それは3万分の1の奇跡に立ち会っているということを、ぜひ心に留めておいてください。
引用:
- https://forbesjapan.com/articles/detail/79282
- https://biome.co.jp/biome_blog_015/
- https://mainichi.jp/articles/20250109/k00/00m/040/326000c
- https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/1261/
- https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/2015234.html
- https://www.lettuceclub.net/news/article/170689/
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%AF%9B%E7%8C%AB
- https://www.megabank.tohoku.ac.jp/news/michi/sanpo4
- https://www.petfamilyins.co.jp/pns/article/pfs202208a/
- https://www.leapleaper.jp/2025/02/13/gene-analysis-of-the-fur-color-of-calico-cats/
- https://www.lettuceclub.net/news/article/1019353/
- https://www.azabu-u.ac.jp/topics/2025/0516_45942.html
- https://kakuyomu.jp/works/16816452219505698742/episodes/16816927861273362931
- https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/177617/2
- https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/38707f7b1fb685ac6b0ef4ce4092e820ff170964
- https://jfly.uni-koeln.de/html/discussion/2001/0105X_choromosome_inactive.html
- https://www.nig.ac.jp/nig/ja/2025/05/research-highlights_ja/pr20250516.html
- https://nutrition.nuas.ac.jp/tips/000076.html
- https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/74932
- https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000201.000028421.html
- https://www.koneko-navi.jp/column/behavior/calico-cat-2/

